ミカンの分類学

ミカンをシリーズとして取り上げ始めたときに、疑問に思ったことのうち、前回は〈ミカンの解剖学〉を取り上げたので、今回はミカンにおける生物学的な〈種〉について取り上げる。

実は、これまでいろいろなミカンを取り上げたのだが、その学名を示さないで来た。当然のことながら、栽培植物として品種改良が行われていて、いろいろな人工的な交雑が行われているのだから、自然の〈種〉ではなく、雑種が多数を占めているのは想像がつく。それでも、原種としてどのようなものがあったのかくらいは、知りたく思う。

ところが、Wikipedia の〈ミカン属〉とその英語版である〈Citrus〉を比べてみると、学名の表記がまったく違うことに気がつく。すなわち、日本語版では、品種についても“学名”のような表記がされているのだが、英語版では、種名と栽培品種名は、明確に区別されている。例えば、温州みかんは、Citrus unshiu であるのに、英語版では、Citrus × unshiu として、×を付けることによって、交雑種であることが示されている。

人工的に作られた品種では、品種改良のために交雑された経緯がわかっているのだから、個々の品種が生物学的な意味での〈種〉ではありえない。ところが、日本の場合では、前にハッサクのところで触れた田中長三郎の影響なのか、品種を独立の単位をみなすような流れがあったらしい。いずれにしても、Wikipedia の日本語版(2013/02/28 アクセス)の学名表記は、改めるべきだろう。


そうすると、本来の種として、学名で示されるものはどのようなものかとなるのだが、Wikipedia の英語版の記述によれば、多くの栽培種の原種と見なされるものは、不明なところもあるが、おそらく4種くらいになるらしい。それらが、以下のものであり、それに対応すると思われる日本の品種を付け加えた。

Citrus aurantifolia – Key lime:ライム
Citrus maxima – Pomelo:文旦
Citrus medica Citron:仏手柑
Citrus reticulata – Mandarin orange:多くのミカン、オレンジ

英語版では、ここからどういう品種が派生したのかが書いてある。新しく作成された品種については、その来歴は明らかだろうが、古くからある品種については、来歴がわからないものも多いようだ。それでも、どの祖先種の性質を受け継いでいるのかは、味や成分の特徴などから、意外と想像がつくものなのかも知れない。

実際のところ、ミカン類の大部分を占めているのは、Citrus reticulata-based のもので、その中に、温州みかんもあれば、オレンジやらグレープルーツもあるのだから、Citrus reticulata という学名のみでは、品種改良の現場では、ほとんど意味をなさないことになるのだろう。しかし、品種を呼ぶ名前と、種を呼ぶ学名とでは、生物学的意味が違っている。


むしろ、種を考える上で大問題なのは、これらの種間で雑種ができることだろう。だから、これらの種をまとめて、superspecies とみなす意見もあるようだ。既に交雑が進んでしまっている段階で、元の状態を復元することは難しいのだろうが、人間が手を加えない時点で、遺伝子集団として固定されていたのならば、種と見なせるものが存在していたはずである。種間交雑が生じたのは、ヒトが移植することによって、本来起こらなかった交雑が生じたからだろう。

あるいは、現時点ではすべての種類間で、種間雑種が生じているのだから、単一の種に融合してしまっていると考えるべきなのだろうか。このことで忘れるべきでないことは、この融合したものが、人為的な環境下に置かれているだけで、自然界に帰っていないことである。もし、人の手を離れて、野生に戻った後で、どのような品種が残るのかは、未来の話である。絶滅となるかも知れないし、融合の後に新たな種が生じることになるかも知れない。種は、そのような歴史の経過の中で考えるべきものだろう。


また別の驚嘆するべきことは、品種改良によって、あのような多様なミカンが生じたことである。進化論の説明で、犬や鳩などが人為選択の結果として示される。ミカンもまた、大きさ、酸っぱさ、甘さ、香りなどの特徴が、人為選択によって強調されて来たのだろう。そのおかげで、いろいろなミカンが食べられて、こういうブログを書いていることになる。

という訳で、以上のような〈種〉のあり方を押さえたうえで、さらなるストーリーを読み解いて行きたい。最近では遺伝子によるミカン類の系統樹に基づく議論もされているようだから、それも追々と理解していきたい。