ネジバナ

2007年の5月か6月に、今の家を手に入れようと下見に来たときに、ネジバナの花が咲いていた。イネ科などの単子葉の草が覆っている中で、けっこう目立っていた。その後、地面を順番に耕して行って、土質も変わったためか、この数年の間に数が減ったように思っていた。住宅地内の他の空き地では花が咲いているのを見たので、今年はもう出ないのかと思っていたら、6月14日に初めて見つけた。今朝の時点では、庭の中の9ヶ所で生えている。




ネットを見ると、誰もが、小さくても可憐な花になんらかの感慨を持ち、ブログなどで触れたくなるのだろう。例えば、別名がモジズリということでは、百人一首の「みちのくのしのぶもぢずり 誰ゆゑに乱れそめにし 我ならなくに(河原左大臣)」という和歌に触れたものがある。私も中学生時代に暗記したのを未だに覚えているが、今その和歌の解説を改めて読んでみると、技巧に満ちた妖艶な歌とは知らず、まったく意味を取り違えていたようだ。

また、小さくてもラン科の花であるから、その独特の形態についての解説がある。そして何よりも、花のねじれ方が、右巻きなのか左巻きなのかについて、多くの人が触れている。たとえ小さくても、その花に注目して、観察するからこそ、生じる疑問なのだろう。


「なぜ、右巻きと左巻きがあるのか?」について、ネットでざっと見る限りは決定的な答えはないようである。しかし、この問題こそ、以前に触れた「生物に対する「なぜ」」や「Tinbergen's four questions」に沿って考えるべきことのように思える。


例えばこのサイト(日本植物生理学会-みんなのひろば)では、遺伝子のことや、花の並び方が、花の下にある包葉の付き方で決まると述べている。これは、至近要因としての因果論的および発生的な説明に当たるだろう。一方、花が右向き左向きであることが、例えば花粉の伝達に関わっていて、それが子孫の数に影響するなら、究極要因としての適応的な説明になるだろう。また花芽が巻くことがなんらかの系統関係を反映しているのなら、系統的な説明になるだろう。

また、「ネジバナのねじれに関する研究(PDF)」という中学生の研究が PDFファイルで読めるので、 多くの人が読んで感想を書いている。中学生でも、あれだけのまとまった研究が出来ることに感心させられるのだろう。しかし、あのような研究は、データを取る前から論文としてまとめるまでに、おそらく指導教員の関与があったと思われる。結果として、せっかくいろいろな観察をやって、おもしろそうな結果が出ているのに、その後の考察が深まっていない。たぶん、指導教員自身、データになりそうなことをいろいろやらせてみたけれど、上の至近要因と究極要因を区別していなかったと思われる。

という訳で、ネジバナについては、これからも観察を続けて行きたい。


(2010/06/18 追記):
ネットなどで、いろいろ文献・資料が集められたので、その一覧を掲げておく。

岩田達則,長崎摂,石井博,丑丸敦史. 2008. ネジバナはなぜ捩れているか−花序構造と他家受粉促進戦略−. 日本生態学会全国大会講演要旨集, P2-002.

日本植物生理学会-みんなのひろば-質問:ネジバナのねじれる方向について 2007-10-19 回答:奈良女子大学 鈴木孝仁(2007-11-01)

古澤 結理 2003. 「ネジバナのねじれに関する研究」;いきいきわくわく科学賞2003、新潟県知事賞.

夏野義啓 , 夏野多永. 2002. 私のメモ ネジバナの花穂の巻き方はいかに決まるか.遺伝 56(5), 104-106.

本田陽子. 1976. ネジバナSpiranthes sinensis A.花穂の拗捩について. 千葉大学教育学部研究紀要. 第2部 25, 17-20, 1976-12-20.

郡場 寛. 1912. ねぢばな(綬草)ノ拗捩. 植物学雑誌, 26 No.308:239-253.