生物の学名は、なぜイタリックで書くのか?

生物学を学び始めた最初の頃に、生物の学名はイタリック(斜体)で書くものだと教えられた記憶がある。イタリックで示せないときには下線を引くということもそのときに学んだように思う。大昔のタイプライターの時代から、ワープロになったり、今のパソコンの時代まで、どのようなフォントが表示できるかの状況は変わってきたにしても、イタリックで書くということは尊重されてきたのだろう。おそらく、生物学関係の出版物ならば、それが当たり前のように受け止められ、さらにいろいろな雑誌の投稿規定なども、それに準じて書かれているのだろう。

ところが、ある人から「必ずしもイタリックで書けとは命名規約には書いていなくて、通常の字体とは異なるように書けとなっている」と聞いたので、その根拠となっている条文を国際動物命名規約で探してみた。

命名規約の英語版の本文を検索してみると、以下の項目で触れられているらしい。

Appendix B: General Recommendations

6. The scientific names of genus- or species-group taxa should be printed in a type-face (font) different from that used in the text; such names are usually printed in italics, which should not be used for names of higher taxa. Species-group names always begin with a lower-case letter, and when cited should always be preceded by a generic name (or an abbreviation of one); names of all supraspecific taxa begin with an upper-case (capital) letter.

ついでに、「国際動物命名規約 第4版 日本語版」の方も、正規の効力を持っているので、以下に掲げる。この全体は、「日本分類学会連合」のサイトからPDF をダウンロードできる。その中の、110ページの付録Bの第6項である。

付録B 一般勧告

6.属階級群や種階級群タクソンの学名は,地の文に使われているのとは異なる字体(フォント)で印刷するべきである.そういう学名は,通常,斜体で印刷されるが,高位のタクソンの学名には斜体を用いるべきではない.種階級群名はつねに小文字で始まるものであり,書くときはつねに属名に続けるべきである.種よりも高位のあらゆるタクソンの学名は,大文字で始まる.


たしかに、通常は斜体(イタリック)で印刷されるとあるが、他のテキスト部分と違うようにすればよい、ということらしい。このことで、表題などで、他の部分がイタリックになっているときに、逆に学名の部分を通常の字体を使っていることにも、納得が行く。

さらに、この部分では、属名(亜属名を含む)や科名など高位のタクサの名称が大文字から始まること、種小名(亜種小名を含む)を属名なしに単独で用いるべきでないことも規定している。

また、学名の後ろにくっついてくる著者名や発表年などは、ここに規定がない(学名の一部分ではない)ことから、イタリックにはしないのだろう。

ところで、「動物学名の仕組み〜国際動物命名規約第4版の読み方」を見てみると、p288-289に、このあたりの説明があるのだが、Aus (Bus) cus などのように、亜属名や種の集群名で括弧が挿入されているときに、その括弧がイタリックかどうか議論をしている。これには恐れ入った。たしかに、命名規約が学名の表記を事細かに規定していることからすれば、この括弧の部分がイタリックかどうかは、気にならないこともない。もちろん、文章を書く人にとっては、学名全体のフォントを一気に変換するのだとすれば、そんなことは気にもしないだろう。問題なのは、編集者の立場で、どのように統一性を保つかだけだろうが、そんなことは意識さえしなければ、気にもかけないで済むことかもしれない。

以上で、現行の命名規約で書かれていることはひとまずわかったのだが、今度は、いつ頃からイタリックで書くという習慣が出来たのかが気になってくる。リンネ以降、どのあたりの時代になるのだろうか? 詳しい方がいればご教示ください。また、規約の見落としがあれば、ご指摘ください。


(2013/02/04 追記):この記事は、私のブログの中では、一番息長く読まれているものである。特に、年度末になると読まれるようだから、卒業論文などをまとめるときなどに、気になるのだろうか。疑問に対する素直な答えになるように、国際動物命名規約の日本語版の文章を付け加えた。「なぜイタリックで書くのか?」に対して、「国際動物命名規約に書いてあるから」という根拠を挙げるだけでは、植物はどうなっているのかとなるだろうが、植物の命名規約のことはよく知らない。さらに、このような習慣がいつから始まったのかも、相変わらず不明なままである。少なくとも、リンネがどのように表記していたかは、ネットでも確認できるかも知れないので、そのうちに調べてみたい。