イセリアカイガラムシ(有翅成虫)

こういう三角形の形をした虫は、なんの仲間かもわからなくて、同定が難しいんだろうなと思いながら写真に撮った。ガとも思えるし、ハエの仲間とも思えるが、たまたまベニモンアオリンガのことを調べているときに、アオバハゴロモを見ていて、ヨコバイ亜目の中にも三角形の形をした虫がいることに気がついた。



(2012/04/26 撮影)

それで、いつもの岐阜大学のページで、ヨコバイ亜目をみていると、イセリアカイガラムシの有翅成虫に似ているように思える。

さらに、いつもの福光村昆虫記を見てみると、こちらにもイセリアカイガラムシ、 別名ワタフキカイガラムシということで載っている。

ワタフキカイガラムシで検索をすると、Wikipedia に、詳細な説明が載っている。原産地はオーストラリアであるが、日本には明治40年代に苗木について侵入したとされる。そして、天敵のペダリアテントウを導入することによって、かなりの程度駆除することに成功したらしい。

この雄は、「日本の温帯域ではほとんど雄は観察されない」珍しいものらしい。そして、このカイガラムシの雌は、雌だけで単為生殖をするらしい。そうなると、雌を見たくなるのだが、我が家の庭の植木を探してみたが、今のところ見つかっていない。

カイガラムシの仲間では、以前にツノロウムシを取り上げた。そのときにも、雌が動かず、雄が動くことの意義について、考えていたようだ。

たまたま見つけた一匹の虫ではあるが、それをきっかけにいろいろ考えることになった。


(2012/04/30 追記):この種類について、もっと情報を得ようと、Wikipedia の英語版を見てみると、無翅個体は雌雄同体らしい。そして雌雄同体が自家受精をすれば、雌雄同体が生まれ、雌雄同体と雄が受精をすれば、雌雄同体と雄が生まれるらしい。そうすると、この英語版の記述が正しければ、この種の性のパターンは、雌雄同体と雄が混在する androdioecy ということになる。

雌雄同体なのか単為生殖をしているのかを区別するには、無翅個体が精巣や精子を持っているかどうかだろう。機会があれば確かめてみたいものだ。


(2012/05/12 追記):
上の追記を書いて、「イセリアカイガラムシ 雌雄同体」で検索をしてみると、以下のサイトへ行き着いた。本種の性表現は、飛びっきり複雑らしい。元の研究は、 American Naturalist の論文*1なのだが、その内容をすぐには理解できそうもない。そのうちに、理解できたところがあれば、また書いてみたい。
ニュース - 動物 - 娘の体内で“父親”が受精させる昆虫(記事全文) - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト


ところで、上に「天敵のペダリアテントウ」と書いたが、実はベダリアテントウ、つまりvedalia beetle or vedalia ladybird らしい。パソコンの画面では「ペ」と「ベ」がよく区別が出来なかったこともあるが、「ペダリアテントウ」で検索しても、結構な数のサイトが引っかかる(「もしかして: ベダリアテントウ」とは出るが…)。
ところで、vedalia という単語は、あまり見慣れない。語源(etymology)を調べてみても、ぴったりする説明に出会えない。それと同じことが、Wikipediaのベダリアテントウの項目の「ノート」のところでも議論になっている。

学名から来ているのかと思うと、Wikipedia(日本語版)では、Rodolia cardinalis Mulsant, 1850 となっていて、学名が変更されたのではないようだ。しかし、英語版では、Rodolia cardinalis (Mulsant, 1850) となっているから、おそらく日本語版はカッコを忘れたのだろう。

こうなってくると、命名の経緯のところまで遡ってみることになるが、Wikipedia の中の Wikispecies を参照させてもらうと、Vedalia cardinalis がシノニムになっているから、おそらく Vedalia 属から、Rodolia 属へ移されたのだろう。それで、Rodolia 属は誰が創設したのかというと、これも Rodolia Mulsant, 1850ということで、同じMulsant(1850)によって創設されたらしい。たぶん、Mulsant という人は、似たような属をいくつも作って、それが後にまとめられたのだろうか。

ここまでたどり着いたものの、結局 Vedalia がどういう意味か、わからなかった。Mulsant という人はフランス人らしいから、フランス語の単語か人名などに、適当にラテン語風に語尾をつけたのだろうかと想像するしかない。
ついでに、大阪自然史博のこのページでも、「ベダリア(Bedalia)とは本種がかつて属していた属(genus)名ですが,後に Rodolia属に移されています」となっている。あちゃー。



以上のように、見たこともないテントウムシの名前について調べたのだから、今度はカイガラムシの名前が気になってくる。Icerya purchasi Maskell, 1878 という名前も、結構変わっているのではないか。種小名は Purchas とかいう人の名前にちなんだものだろう。しかし、Icerya の語源はよくわからない。

こちらはかなり試行錯誤したのだが、まずMaskell という人は、ニュジーランド在住の人で、このカイガラムシの「天敵の人為的な導入による害虫防除」において、天敵の発見にも関わったらしい。

そして、以下のサイトで、ほぼ納得がいく説明がされていた。
Forum Natura Mediterraneo | Forum Naturalistico: Icerya purchasi etymology roots of the name?

それによれば、属名は以下の研究者にちなんだものらしい。
Dr. Paul Laurent Edmond Icery (1824 - 1883) an eminent Mauritian sugar technologist who sent the first specimen to Signoret who described the Genus.
関連の文献の Science は、以下の2つのページをつなぎあわせれば、全部読める(
この記事を読むと、1929年当時のアメリカ人にとっても、この綴りは変なものだったらしくて、語源についていろいろ詮索されたことが書いてある。

ついでに種小名の方も、以下の研究者にちなんだらしい。
The species named for the honor of the entomologist Purchas from New Zealand who sent the first Icerya purchasi to Maskell.

後になって、イセリアカイガラムシの原記載は、このPDF の p220-223 で読めることもわかった。そこには、この種類の発見や命名の経緯も書いてある。

さらに、ScaleNet というサイトからも非常に包括的な情報が得られることがわかった。、そのサイト中にIcerya属の47種のリストがある。

このリストを読み込んでいくと、さらにいろいろ興味深いことが見つかる。Icerya 属自体は、Signoret (1876)によって創設されたらしい。そのときには、Coccus sacchari Guérin-Méneville, 1867 のみに基づいたものだったから、monotypy でこの種類が、Icerya 属の type species ということになる。ところが、この種類は、Dorthesia seychellarum Westwood, 1855 の junior synonymということになって、結局、Icerya seychellarum (Westwood, 1855)が、Icerya 属のタイプ種になっているらしい。

さらにこの Icerya seychellarum のシノニムのリストを見ると、Icerya okadae Kuwana, 1907 という名前が見つかる。この命名者は、桑名伊之吉という人で、明治から昭和初期にかけての有名な昆虫学者らしい。献名されている岡田とは誰なのか興味があるが、調べがついていない。


さらにいろいろ調べていると、「農林害虫防除研究会」というところの埼玉大会(2010)で、「ベダリアテントウ導入100周年を迎えて」というシンポジウムをやっていることを知った。こういう“害虫”などという扱いは、本来ならば私の興味からは外れているのだが、イセリアカイガラムシの有翅成虫の発見から導かれていたこともあって、今の日本の昆虫の研究者たちが、この種類とどのように関わっているのかを知ることが出来るものとして、素直に読むことが出来た。

なんとも長々と書いてきたが、このような armchair taxonomy に意義を持たせるためにも、ぜひともイセリアカイガラムシの実物を見てみたいものだ。



(2012/08/21 追記):無翅の個体が見つからないかと探していたら、やっと見つかった、上で生物防除の話として、ミカンなどの柑橘類の害虫として有名だとの印象を植え付けられたので、ミカンの木に注目していたのだが、メドハギマメ科の植物で見つかった。Wikipediaの解説を読みなおしてみると、「寄生する樹木は300種にのぼる」とのことだから、マメ科に付いていても不思議ではないのだろう。枝から剥がして見たい気もするのだが、今のところ一個体しか見つかっていないので、しばらく観察してみたい。




(2012/08/14 撮影)

*1:Gardner, A. and Ross, L. 2011. The evolution of hermaphroditism by an infectious male-derived cell lineage: an inclusive-fitness analysis. American Naturalist, 178: 191-201.