パースの記号学による生物種の解釈

だいぶ前に、トークンとタイプの区別にからめて「カテゴリーとしての種、タクソンとしての種」を論じたことがあった。当時は、一昨日も書いたように、トークンという単語を使いたかっただけなので、パースの議論との関わりは意識していなかった。

生物種のことを、パースの第一次性から第三次性に当てはめて考えてみると、種カテゴリーはタイプ(legisign)で、種タクソンはトークン(sinsign)であることは、前に述べた。では、第一次性の tone または、qualisign はと考えると、種の形質 (character) が対応するのだろうか。

ただし、種タクソンがトークン=sinsign であることは、Ghiselin のindividuality thesis によっているからで、これを、legisign と思う人も多いだろう。しかし、ここで確認するべき重要なことは、パースが明確に“個物性”を認識していたことだろう。


ここまでの話は、まだまだ単純なことで、こうなってくると、生物種にまつわるいろいろなことを、先の十のクラスやら、パースの記号学的な文脈やらで、解釈をしてみたくなる。でも、それは急には無理だろうから、せめて種概念について、とっかかりを残しておきたい。

まず、種概念は、legisign だろう。それでは、十のクラスのうち legisign は6つあるが、どの legisign になるのだろうか? 例えば、typological species concept なら、rhematic iconic legisign だろうか。そして、生物学的種概念ならば、どうだろうか。タクソンを指定することからすれば、VIの rhematic indexical legisign と思える。しかし、生殖的隔離などによる他種との関係(relation)を含むのなら、VIIの dicent indexical legisign だろうか。もちろん、概念であることから、具体的な種を離れたシンボル性を強調するのなら、VIII の rhematic symbol (種という単語を規定する)になったり、その種の識別性を強調するのなら IX の dicent symbol となるだろう。そしてこれらのものが、sinsign をレプリカとして持つ。


このようなことは、何十もあるという他の種概念についても、適用できるだろう。そしてそのことによって、それぞれの種概念が、どのような側面を強調しているかが浮かび上がってくるように思える。しかし、おそらく多くの人は、このような作業を単なる“言葉の遊び”と思うに違いない。それでも、種という“記号”について、トーン・トークン・タイプを区別することやら、対象とどのように関わりをもつかやら、どのような解釈内容を思い浮かべるかやら、パースの用語を自由に操ることによって、見えて来ることも多いはずだ。

当分は、パースに付き合って行きたい。