牛馬童子像

先の日曜日、福定の大イチョウを見た後で、牛馬童子像を見に行った。

この牛馬童子像は、熊野古道中辺路のシンボルみたいなところがあり、そこら中で写真やレプリカなどを見ることが出来る。ところが、実際に現地で見てみると、意外なほど小さくてびっくりしたことを覚えている。



数年前に、牛馬童子の頭の部分が盗まれたというので、大騒ぎになったことがあった。その事件後初めて訪れたので、修理されたものを初めてみた。まだ風雨にさらされていないためか、明らかに修理した部分の色が違うようだが、時間とともにしっくりしてくるのだろう。盗まれた頭の部分は、その後見つかったようだが、元に戻すか、今のままで行くか、悩ましいところだろう。

今回、妻とその母との3人で訪問するまで、この牛馬童子というのが、牛と馬に乗っていることに気がつかなかった。平安貴族を模したものだから、牛車に乗っているものとばかり思い込んでいた。よくよく見てみれば、たしかに手前が牛で、その隣は馬として彫られている。

この場所には、他にも鎌倉時代のものという宝篋印塔や、役行者不動明王?の石仏などもさりげなく並べられている。牛馬童子像のかたちが珍しいということだけでなく、箸折峠や近露の名前の由来になった場所として、歴史の中で語り継がれて行くのだろう。周りは杉の植林だらけなのだが、この場所だけはさすがに手をつけずに残されている。