メタファーを分けること

前回の記事で、メタファーを細分することについて述べたが、少し補足したい。


ある種のメタファーが2重のシネクドキで説明されることは、グループμの本「一般修辞学」で述べられているらしい(直接参照していないので、佐藤信夫の「レトリック感覚」などの孫引き)。このことは、シネクドキが、メトニミーの一部ではなく、むしろメタファーに近いものとして、メトニミーから分離すべき根拠として論じられているようだ。

一方、メトニミーに基づくメタファーについては、瀬戸も少し触れているように、「感じる」メタファー(感性的メタファー)は、その候補になるだろう。例えば、外界の刺激から受けた感覚を、体の内外などの空間的な関係と対比させることは、メトニミーからメタファーへの転化になるだろう。

Radden (2000)*1でも、以下のような定義がある。

Metonymy-based metaphor is a mapping involving two conceptual domains which are grounded in, or can be traced back to, one conceptual domain.

この著者は、メトニミーとシネクドキを分けることをしていないようなのだが、元になる one conceptual domain がクラスか個物か(または、包摂関係か隣接関係か)によって、シネクドキかメトニミーであるか区別されるだろう。


シネクドキにもメトニミーにも対応しないメタファーというものがあるのかどうかは、興味があるところだが、今のところ、メタファーのことを勉強中なのでよくわからない。


上の Metonymy-based metaphor の定義は、生物学における以下の定義と、対比してみると、さらに興味深い。

Homology is a relationship of correspondence between parts of individual organisms that are in turn parts of individual genealogical wholes.

Analogy is a relationship of correspondence between parts of individual organisms that are members of classes.

(Ghiselin (2005)*2を少し改変)

ここでのアナロジーは、生物学の用語であり、レトリックでのアナロジー(類推、類比)とは少し意味が違っている。しかし、2つの体の部分を取り上げて、その対応(correspondence)関係を考えることは、メタファーとの共通性が見られるだろう。homology は、genealogical whole を構成する生物から、部分を取り上げた関係であり、analogy は、クラスを構成する生物から、部分を取り上げた関係ということになる。

例えば、鳥と昆虫は、空を飛ぶもののクラスのメンバーであり、それぞれの翼は相似器官(analogue)である。一方、鳥やコウモリの翼やヒトの腕は、四足獣というgenealogical whole の中で、前足という部分の対応から、相同器官(homologue)と見なされる。

さらに、ホモロジーは、メトニミーに対応するメタファーであり、アナロジーは、シネクドキに対応するメタファーであると考えられる。

もちろん、以上の話しは、上のホモロジーやアナロジーの定義が、個物説(individuality thesis)の提唱者である Ghiselin によるものだから、すっきりと対応するのだろう。人によってホモロジーの定義は違ってくるだろうが、いずれにしても、Darwin 以降は、進化の経緯を取り入れたものがホモロジーだろう。

そうすると、さらに興味深いことは、Darwin 以前のホモロジーの扱いである。進化を認めない時代にも、生物の部分を取り上げて、対応関係を考えていたはずである*3。2つのものを対照させて納得するのがメタファーだとすれば、どのようなメタファーでホモロジーを解釈していたのだろうか。

*1:Radden, Gunter. 2000. How metonymic are metaphors? In Metaphor and metonymy at the crossroads: A cognitive perspective, ed. A. Barcelona, 93-108. Berlin: Mouton de Gruyter.

*2:Ghiselin, M.T. 2005. Homology as a relation of correspondence between parts of individuals. Theory in Bioscience, 24: 91-103.

*3:おそらく、生物の歴史を論じたものや相同を論じたものを読んだときに、そのような歴史が書いてあったはずなのだが、このようなことを意識しなければ、単なる歴史事項の羅列として、興味を持つこともなかったのだろう。