Mayr on species concepts, categories and taxa

先に、「Mayr と essentialism」という文章を書いたときに、Mayr が「種がリアル」というときに、種タクサのことをいっているのか、種カテゴリーのことをいっているのか、あるいは両方についていっているのか、どうも自信がなかった。


そんなことを考えていたら、検索で引っかかってきた以下の短い論文が、非常に参考になった。
Ghiselin. M.T. 2004. Mayr on species concepts, categories and taxa. Ludus Vitalis, 12(21): 109-114.
この 論文の PDF ファイルは、誰でもオープンで読めるようだ。


種の3つの意味合いについて、以下のような表記をすることによって、非常にわかり易くなっていると思う。
 カテゴリーに言及するときは、太字のローマン体で、 species
 タクサに言及するときには、太字のイタリックで、species
 Mayr のいう種概念については、太字の大文字で、SPECIES

それで、species is a class but species are individuals. などと表記される。
もちろん、従来からの表記と併用することもできる。
the species (category) is a class, but a species (taxon) is an individual.


それで、Mayr の考えていることは、以下のような表現になるらしい。
A SPECIES concept is a definition of 'species' and provides the properties that are necessary and sufficient for an entity to be a species.

この論文での Ghiselin の主張は、species category にしろ、SPECIES concept で示されるもの(population なり、class なり)にしろ、species taxa にしろ、Mayr 自身の認識が曖昧で混乱しているということのようだ。

例えば、"A species concept is the description of the role a species plays in the household of nature."
*1と、Mayr は書いているのだが、この文章は理解しにくいものになっているのだという。SPECIES concept は species を定義するものだろうが、species は class であり、abstraction だろうから、自然の経済の中で役割を果たすこともできない。species ならば役割を果たすことも出来るだろうが、SPECIES conceptは、それをdescribe するというのだろうか。speciesが自然の経済の中で果たす役割とは、生態学的ニッチのことだろう。そのような論旨から 'species'を定義しようとしたことも、Mayr にはあったのだが、この文章がそのようなことを意味しているとも思えない。


結局のところ、Ghiselin の主張する individuality thesis を、Mayr 自身が本当に受け入れていたのならば、このあたりの区別がもっと明瞭になっていただろうに、ということらしい。

この論文自体は、Beurton (2002)*2 の後ろにくっついた Mayr によるたかだか2ページ(pp.99-100)の短いコメントの文章を、ターゲットにしており、Ghiselin の我田引水のところもあるのだろうが、speciesspecies の区別や、そのことに対する Mayr のとらえ方などは、非常に納得がいくものである。


追記(2009/07/21):
Beurton (2002)に対する、Mayr のコメントで、以下のような項目がある。

A polytypic species is a kind of species taxon, it is not a species concept (contra early papers by Mayr).

Ghiselin の論文では、All polytypic species are species, though not all species are polytypic. という当たり前の話を、species concept ではない(つまり species の定義ではない)などとわざわざ述べて、A polytypic species is a kind of species taxon. などというなんとも奇妙な言い方をしている、と揶揄している。 ところが、最初に、この部分を読んだときに、なぜ、突然に polytypic species が出てくるのか、よく理解できなかった(もちろん、Mayr の本で、polytypic species のことを長々と論じてあったことは、記憶にあった)。

どうやら、この polytypic species という単語は、Mayr の生物学的種概念の変遷を解くキーワードらしくて、そのことを詳細に論じたのが、Beurton (2002)の論文の趣旨らしい。つまり、polytypic species (=multidimensional species)⇔ local species (=nondimensional species)の対比から、もっとも包括的な集団を想定することと、ローカルな集団へ限定することとの間で、Mayr の生物学的種概念は揺れ動いたのだという。そして、それぞれの立場として、集団間のinterbreeding を強調したり、集団が独立であることとして reproductive isolation を強調したりすることになる。さらに、そのような揺れ動きが、'actually or potentially' という語句の削除にも関係しているし、category - taxon の区別にも関係しているらしい。

以上のようなことを、Mayr の原典にも当たりながら確認していく作業は、今の私にはとても出来そうにもないが、species concept にしろ、カテゴリーとタクソンの区別にしろ、どちらもMayr が最初に提唱した用語であるのだが、Mayr 自身が、論敵との議論で微妙に解釈を変えたり、さらに皮肉なことには、その言葉の意味するところを理解していなかったこともあったようだ。



追記(2009/07/28):
上の "A species concept is the description of the role a species plays in the household of nature."よく似た表現が、Mayr (1976) の "Evolution and the Diversity of Life" の本に載っていた。論文集の中の "the species" という章のイントロダクションの文章(p480)で、

The biological significance of species is twofold: (a) Each species is a reproductive community, as specified point 3 above; (b) each species plays a highly specific role in the household of nature; it occupies a species-specific niche and plays a definite role in the ecosystem. This duality in the biological nature of species is important in the consideration of the process of speciation.

ここで、each species と書かれているものは、間違いなくspecies だと、解釈できる。でも、その前後の species はどうであろうか。たぶん、種一般と言うことで species のことを言っているのだろう。このあたりの Mayr の用法は乱れていないようだ。でも、the process of speciation に関わるのが、species なのか、speciesなのか、Mayr がどう考えていたのだろうか興味深い。

文中の point 3とは、種概念が relational concept であること、つまり、種概念は、intrinsic property に言及するものではなく、ある集団と他の集団との関係(reproductive isolation があるかどうかで、nonarbitrarily に定義される)に言及するものであることを論じている。(b)の記述が多少タイポロジカルな臭いがしないでもないだけに、(a)(b)併記することで、バランスをとっているのだろうか。

*1:この文章によく似た表現が、Mayr (1976) の "Evolution and the Diversity of Life" の本に載っていた。上の追記(2009/07/28)参照

*2:Beurton, P.J. 2002. Ernst Mayr through time on the biological species concept - A conceptual analysis. Theory in Biosciences, 121 (1), pp. 81-98.