タイプとトークン

先に、地球は歴史的存在だと書いた後で思い出したのだが、三中信宏(2006)「系統樹思考の世界」という本に、歴史の見方について似たような考え方が、もっと明確な形で載っている。三中さんの本や論文などは何度か読んだことがあるので、彼の紹介した考え方によって、たぶん私の考え方自体が影響を受けていることもあるのだろう。

ただし、彼の本や論文は、書いてある内容が難しいうえに、めくるめくような博識が展開されていて、そのうえ独特の言葉遣いやら挑発的な言い回しに満ちていて、なかなか最後まで読み通すことが出来ていない。上の本も全体を通読していないので、誤解しているかも知れないのだが、そこに触れられているタイプとトークンの区別(p72 以下)にからめて、地球の歴史性やら歴史的存在やらについて考えてみたい。

トークンという言葉は、上の本で初めて知ったのだが、Wikipediaにも解説が載っている。ところが、その文章はどうもよくわからない説明になっていて、英語バージョン(Type-token distinction - Wikipedia)を翻訳したらしいのだが、おそらく英語の意味を理解していないようだ(2008/10/18アクセス時)*1。重要なことは、「特定の自転車(=トークン)」と自転車一般(=タイプ)」を区別することだろう。

そして、三中さんの本でも、以下のような解説が載っている。「水素と酸素が反応すると水が生じる」という化学反応で、水素や酸素や水という物質は、時間と空間に限定されない普遍的な現象を担うものであり、タイプを表している。一方、タイプに属する個々のメンバーはトークンと呼ばれる。上の化学反応で、分子一つ一つを主役として注目すれば、その化学反応は、ひとつの歴史的過程を成していて、かけがえのない時空的な唯一性を持つことになる。

実際のところは、分子一つ一つを識別できないから、思考実験のようなものだと本には書いてあるが、放射性同位体やら免疫的な方法やらで分子をマークして、物質の流れをたどるという実験は、よく行われていることだろう。このような実験でも、化学反応一般に興味を持つのであればタイプとして見ることになるのだろうが、個別の分子の流れを追うのであればトークンとしての反応を追いかけたことにもなるだろう。

そして、いかにも普遍法則を論じていると思われる天文学において、トークンを扱った例として、小惑星のことが挙げてある。トークンである小惑星が、同一の母星から分裂したことを示すことによって、歴史を復元するという話である。

ところで、三中さんは述べていないようなのだが(読み落としているかも知れないが)、地球自体もトークンでないのか? 地球が歴史的存在であることは、先に「生物と地球の対比 - ebikusuの博物誌」でも触れた。さらに、地球が属する太陽系もトークンだろうし、宇宙の中で名前をつけて呼ばれているようなあらゆる星もトークンだろう。もちろん、最近の宇宙物理学などは、個別の星のことなどにかかずらってはいないとしたら、トークンの例としては挙げにくかったのかも知れないが。

また、「トキについて - ebikusuの博物誌」で触れた、トキの個体(例えば、日本産の最後の個体「きん」)もトークンだろうし、佐渡のトキの集団も、トキという種もトークンだろう。また、トークンが個別のもの・具体的なものという意味だとすれば、このホームページで散々論じて来たことは、トークンの重要性を説くことでもあったのだろう。


ここまで書いてきて気がついたのは、上のようなトークンの例は、固有名詞で呼ばれるようなものかも知れない。固有名で呼ばれるようなものについて、タイプがどのように想定されるかはよくわからないが、おそらく哲学でも議論になっているに違いない。今後勉強して行きたい。

*1:2009/01/16 追記:最近アクセスして見ると、訳語のおかしなところはなおいくつかあるが、ひととおりの意味は把握できるように修正されている。実は、前に見た時点で、そのときの日本語版が基づいた英語版と、私が見た英語版とでは、かなり記述が違っていたようだ。それで、訳した人の英語力を云々するのは不当かもしれない。むしろ、Wikipedia の趣旨からしても、目についた間違いは、みんなで協力して修正していくべきことなのだろう。日頃 Wikipediaにお世話になっていることからすれば、そうするべきだと思うので、気が向いたら修正に参加するかも知れない。