夏休み子ども科学電話相談:海の水はなぜ塩辛い

(2011/08/21 追記):少し前に、Google Analytics をセットしてみたら、このブログの記事の中で、このページが一番よく読まれていることに気がついた。おそらくちょうど夏休み中に重なったこともあるのだろうが、いろいろな検索サイトからこのページにたどりつく人が多いらしい。そして、せっかくたどりついた人に、期待されている答えを提供していないのではないかと多少気になったので、少しばかり注釈を付けることにした。

以下の文章は、生物学的な発想から地球を考えようとしています。そのことは、単なる物理化学的な反応の進行だけではなく、始まり(初期条件)があって、その後の変化ということで考えています。ここで書かれていることが絶対的な正解ということでなく、ちょっと違った発想で地球を眺めてみるとどうなるか、といった感覚で読んでください。

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夏休みの初めに、NHK ラジオで「夏休み子ども科学電話相談」が始まって、それをたまたま通勤の車の中で聞いたことから、ちょっと病み付きになって、仕事の合間にも聞いたりしていたのだが、高校野球が始まって、今は中休みらしい。

このところ、「なんでやねん?」ということを考えていたこともあって、子供たちの「なぜ? どうして?」という質問に思わず引き込まれてしまっている。

生物のことについては、「生き物をめぐるなぜ?」について、どのように回答されるかということに興味があるのだが、回答者が、前に述べた Tinbergen's four questions を、どれくらい意識しているのかについても、大いに興味がある。

なお、長谷川眞理子さんの「生き物をめぐる4つの「なぜ」」の用語は独特なので、できるだけ Tinbergen の用法を踏まえて、至近要因として(1)因果論(機械論)的要因と(2)発生的要因、究極要因として(3)適応的要因と(4)系統的要因の用語を用いる。



今回は、生物の話はあえて避けて、別の質問を取り上げる。7月23日の番組の質問の中にあった「川や水道の水は塩っからくないのに、海の水はなぜしょっぱいのか?」というものである。

ラジオでは、川の水がいろいろな物質を溶かし込んで、それが海へ流れ込むのだということと、地球の歴史の40億年余りの間に、流れ込んだものがたまってきたことを説明していた。その結果として、1リットルあたり35グラム程度の塩が溶けていることになる。

このような説明は、まちがいではないのだろうけれど、他にも説明の仕方があるのではないか。地球上の海洋をめぐる「なぜ」ということについて、生物における four questions との対比を考えてみたいというのが、今回の文章の目的である。

まず、ラジオの説明で、淡水に比べて、いかに(How )海の水が塩からくなっていったかのメカニズムを説明していることは、因果論的な説明にあたるだろう。そのようなメカニズムが成り立つ背景として、水という媒体が、いろいろな物質を溶かし込むこと、山に降った雨(海から蒸散)が、最後は海へ流れ下る(位置エネルギー)ことが考えられるだろう。

このことで、最初に考えたことは、地球というものが歴史的存在であるとするならば、単なる微小な作用の積み重ねではないもっと別のことが起こっているのではないか?ということだった。

たとえば、ここのサイトでは、「湖の水は淡水なのに、なぜ海水には塩が溶けているのですか?」というQ&Aで、地球生成期の海洋の初期状態を考えている。初期の海がPH1のような状態でなかったとしたら、今の海洋に溶けているような物質は、溶け出さなかったのかも知れない。地球が生まれて、海洋が誕生して、その後は、連続的な変化の結果として、今の海洋の塩辛さが成立したのかも知れないが、初期条件を設定したものは、歴史的な偶然性だろう。もちろん、宇宙物理学者などは、宇宙全体の中で、太陽系を構成する元素がどのように成り立っていて、地球の位置に集まってそして冷えたのかまでを、物理的な原理で説明できるというのかも知れないが…。

このような説明は、地球の海の“発達”ということでは、Tinbergen's four questions における発生的要因を述べたものだろう。


ここまで考えて来て、それでは究極要因としての適応的要因と系統的要因を考えようとして、ハタと困った。無理矢理、説明をこじつけようとも思ったがどうもうまく行かない。地球が歴史的存在であるとか、“地球の進化”などと言いつつ、どうも生物と地球では存在論的な意味合いが違うらしい。そのことの意味を、これから考えて行きたい。

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(2011/08/21 追記の続き):今となってみれば、「生物と地球では存在論的な意味合いが違うらしい」などと、もったいぶったことを書かなくても、生物では個体発生と系統発生の両方があるが、地球では個体発生(誕生から現在まで)が大部分を占めていることが、大きな違いということだろう。つまり、地球は誕生してからずーっと個体として存続しているだけで、子供を生んだり、他の惑星と融合したりはしていない(多少の隕石がぶつかったことがあるかも知れないが)。つまり、そこでは、系統発生にともなう「なぜ」は生じないということなのだろう。