磯観察会でウニを食べること

先日、高校生の野外実習の磯観察につきあう機会があった。そのときに、高校生が、採集したウニを食べている場面に出くわした。やめるように注意をするべきか、貴重な体験として認めるべきか、非常に戸惑ったので、その後に考えたことを書き留めておきたい。

自分で採集したものを食べることによって、海の生物をより深く知るきっかけになることを否定するつもりはない。海の生物について普通の人が質問するときに、「それは食べられるのか? うまいか?」と尋ねることからも、食べることが海の生物のことを考えるとっかかりになっていることはよくわかる。

しかし、生物のことを学ぶための観察会で、食べることが前面に出てくることには、ちょっと違和感を感じる。食べることを持ち出せば、相手にウケることはわかっていても、そのようにはしたくないというコダワリもある。

普段自分が関わっている観察会などでは、事前に「食べるためには採集しない」ことを確認しているのだが、お手伝いで行った観察会だったので、どのような態度を取るべきか決めかねたところもある。

また、その海岸が、自然保護区や禁漁区ではなく、市民のために開放されているところだったことも、また態度を決めかねることになった。その海岸を歩き回っている地元の人たちは、磯の貝や海藻などを採集したりすることを、ごく日常的に行っているようだ。

さらに悩んだのは、その実習で高校生に配布されていた資料に記述されていた以下の文章である。

【必要以上の採集はしないようにしよう】

 いろいろな生物の採集がよく問題にされますが、採集者が1〜2個体採集してもなくなることはありません。どんどん採集してください。
 生物の絶滅は、開発による環境破壊や汚染・金もうけのための乱獲などが原因です。
 生命の大切さが叫ばれる現在、昆虫採集なども批判の声が上げられることがあります。しかし、それでいいのでしょうか。小さいころは、誰でも虫を飼ってみたい、捕まえた魚を飼ってみたい、そういう時期があります。
 そして、その経験が、それを死なせた経験が自然を大切にする心を育み、生命を尊重する態度を養ってくれるのではないでしょうか。

この文章に書いてあるそれぞれの項目については、なんら間違ってはいないのだが、全体としてなにが言いたいのかについて、また磯観察のために語ることとしては、少し舌足らずな文章になっている。

採集をしてはじめてわかることは多い。自然の中で、生物をそのままの状態で観察することも大事だが、ただ単に眺めているだけでなく、採集をして、手にとって見なければわからないことも多い。だから、身近な自然の中で、ありふれた昆虫や魚を捕まえることに、なんら遠慮をする必要はないと私も思う。問題は、磯の生物が、昆虫や魚に当たるかどうかである。

上の文章を書いた人にしても、特定の生息場所にしかいない稀少な植物や動物を採集することまでを含めてはいないだろう。ところが、海の生物の場合には、稀少性を判断することが、案外難しい。

ずっと探し回ってやっと見つかるようなものでも、海は広いから、他にもいるはずだと採集することもあるだろう。一方で、ある特定の岩に付着しているような生物の場合は、そこから外すとまずは生き残れないから、その生物にとっては死を意味する。海の生物の寿命はあまりわかっていないのだが、例えば10年も生きるような生物では、磯観察で採集することによって、大きな影響を受けるかも知れない。

また、同じ海岸を、磯観察の団体が何回も訪れることによる影響もあるだろう。そのたびに、ナマコを触って内臓を吐き出させたり、ウニを食べたりすることの影響が小さいとは思えない。

ウニ自体は、生態学の教科書にもよく載っているように、周囲の群集に大きな影響を及ぼしているはずである。ウニの数が自然のままに放置されたところと、絶えず採集圧にさらされているところでは、海藻の生え方などに大きな違いが出てくることだろう。ところが、残念なことには、私の住んでいる地方では、磯釣り用のエサにウニが高値で取引きされるせいか、かなり強い漁獲圧を受けている。また、生物の実験材料として重要な生物であるから、大量に採集されている。ウニのサイズが、地点によってずいぶんと違っていたりするのだが、それが地点ごとの環境の違い(エサの量など)なのか、採集圧のせいなのかは、よくわからない。

以上のようなことを考えると、種としては絶滅していないけれど、個体群としては大きく影響を受けていることもあるだろう。生物を学ぶ機会としての野外実習では、そういうことへの配慮も必要だろう。食べて終わりでは、あまりにも寂しい。食べることだけが目的となって、食べカスが散乱している跡は見苦しい。

採集することにケチケチする必要はないが、ウニという動物は、食べて終わりにするには、あまりにももったいない。解剖すれば、アリストテレスの提灯が見れるし、殻を見れば、管足の穴や生殖孔なども見れる。そういうことを、食べることに夢中になっている連中に説明をしようとしてみたのだが、お節介だっただろうなあ。

今回の観察会は、スーパーサイエンスハイスクールというプログラムの一環で、地元の進学校の優秀な生徒が対象だったらしい。しかし、なぜ野外実習をするのか、なぜ採集をするのかについて、よく検討していたわけではない。とにかく海の生物に触れてもらえれば結構ということだったのだが、印象に残ったのは、ウニの味と夏の暑さだけだったということにならなければ良いのだが……。