Tinbergen's four questions

 先の『生物に対する「なぜ」』を書いた後で、ティンバーゲンの元の論文*1を取り寄せて読んでみた。取り寄せたのは夏前だったのだが、今の時点で気になっていること、思うことをまとめておきたい。


ネットでは、4つの問いを表にしたものが見られるようだが、ティンバーゲンの論文では、ただ文章が並んでいるだけで、最初に飛ばし読みをしているときには、どれが4つの問いなのかわからないほどだった。

 本来、この論文は、ローレンツの60歳の誕生日に際しての講演録らしくて、エソロジーの学問論を論じたもののようだ。それで、その当時の状況をよく知らないと、ざっと読んだだけではよく理解できなかった。時代的には、この論文が出た10年後の1973年に、ローレンツティンバーゲンらはノーベル賞を受賞し、その後の1970年代の後半から80年代にかけては、社会生物学やら行動生態学が隆盛となる。おそらく、古典的なエソロジーは学問的には模様替えをしてしまったことだろうから、この論文の意義は、発表当時の状況とその後の影響とで、分けて論じないといけないのかも知れない。*2

 いずれにしても、この論文の趣旨としては、ローレンツ以来のエソロジーが、心理学やら生理学などの出自を引きずっていたり、統一されていないバラバラのイメージだったものを、行動の生物学(Biology of Behaviour)として位置づけるために書かれたものであり、そのための方法として、4つの問い(questions, problems)が示されたもののようだ。

 しかも、この4つの問いのうち3つは、J.H. Huxley が生物学の主要な問題として好んで語っていたものだったという。すなわち、causation, survival value, evolution であり、これに ontogeny を加えたものが、ティンバーゲンの4つの問いとなる。

 このことは、私にとっては、かなり意外だった。その後の、行動生態学や進化生物学がティンバーゲンの4つの問いを強調するときには、個体内で起こる生理や発生などのproximate factors だけでは見えて来ないものとして、進化的要因としてのultimate factors の重要性を指摘することが通例であったと思うのだが、実は、ティンバーゲン以前に、既にハクスリーが進化的な要因を強調していたことになる。

 このあたりのことは、ダーウィン以来の進化論の本家としてのイギリスの伝統と結びつくのかも知れない。また、その後の行動生態学社会生物学の論争のときにも、イギリスとアメリカで微妙な相違があったこととも関係するのかも知れない。

 いずれにしても、その後の行動生態学者などが、教科書やら話のまくらにティンバーゲンの4つの問いを取り上げて来たのだろう。その過程で、4つの問いの項目についても、それぞれの著者によって換骨奪胎されて言葉の言い換えもあったと思われる。そのうちのあるものを見て、長谷川眞理子氏は、先の本を書いたのかも知れない。ティンバーゲンの元の論文を引用していないところを見ると、元の論文を読んでいないのかも。

 結局、長谷川眞理子氏の「生き物をめぐる4つの「なぜ」」で取り上げられていたものとティンバーゲンの用語との対応は以下のもののようだ。
 至近要因 causation (mechanism)
 究極要因 survival value (adaptation, function)
 系統進化要因 evolution (phylogeny)
 発達要因 ontogeny (development)
カッコの中の用語のように、ネットの記事を拾うだけでも、いろいろに言い換えられていることからして、ティンバーゲンの用語から離れることは、それほど非難されるべきことではないのかも知れない。そうだとしても、「至近/究極」の対になる用語を、このように当てはめることには違和感が残る。


ついでに、proximate/ultimate factor (cause, causation)と対比させたのは、Mayr によるものらしい。昔、Mayr の本で、このあたりの用語のこと、teleonomy/teleology のことを一生懸命読んだことを思い出す。また、Wikipedia の 英語版の Tinbergen's four questions の記述によれば、4つの問いは、Aristotle's four types of causes に基づくらしい。おそらく、西洋文化の中で、これらの用語はそれなりの意味合いを持っているのだろう。最近では、Mayr の本の訳本もいくつか出ているようだから、改めて精読したいと思っている。

*1:Tinbergen, N. 1963. On Aims and Methods in Ethology. Zeitschrift fur Tierpsychologie, 20: 410-433.

*2:ちょうど、以下のような本がでるらしい(かなり前から出版予定とされつつ、未だ出ていないようなのだが・・・)。まさに、Tinbergen の4つの問いを、今の時点から問い直そうということだろう。値段が高いから、たぶん買わないだろうけれど。Evolution, Function, Development And Causation: Tinbergen's Four Questions And Contemporary. (eds.) Johan J. Bolhuis & Simon M. Verhulst.