和歌山県立自然博物館

和歌山県立自然博物館で「サンゴやクラゲのふしぎ大発見」という特別展を見て来ました。
とにかく盛り沢山の展示で、サンゴやクラゲなどの腔腸動物刺胞動物+有櫛動物)のあらゆる分類群について網羅されていて、標本および生き物の両方について、これでもか?!と思えるほど展示してありました。さらに、その一群である八放サンゴ類については、海外からも貴重なタイプ標本が取り寄せられていて、この群の日本の研究史や、博物館における標本の意義についての展示になっていました。

非常に多くの稀少な展示物が一堂に会していたことからして、改めてもう一度見てみたい気がしますが、展示期間が9月2日までで、たぶん再訪の機会はないものと思われますので、現時点での感想を書いておきます。

まず第一に、このような腔腸動物学の集大成ともいえるような展示を、県立の博物館で実現したことは賞賛に値すると思います。学芸員八放サンゴの専門家がおられることもあるのでしょうが、展示の解説書を見れば、執筆者は日本全国の15名の研究者にもおよんでいます。そのような研究者の協力をとりつけ、そして日本中・世界中の多数の機関の協力をとりつけたことを思うと、そのようなやりとりだけでも大変な苦労があったものと想像されます。狭い展示スペースに、大量の展示物が並べられているので、そのありがたみが感じ取れないかも知れませんが、よく見ると、そのひとつひとつを準備するのに払われた努力がうかがえてきます。


また、解説書は 500円で、内容からすると超お買得です。カラー刷りで、写真だけでなく、線画にも色が付け分けられていて、形態の解説なども非常に見易くなっています。なによりも、それぞれの著者がいろいろな切り口で腔腸動物のおもしろさを語ってくれています。それぞれのトピックは独立しているので、どこからでも読めますし、関連の事項を読み込んでいくことで、腔腸動物全体に対する一通りの知識を得られるようになっています。その意味で、腔腸動物学の手頃な解説書になっています。惜しむらくは、刺胞動物の分類表をどこかで掲げるべきだったでしょう。個別の分類群ごとに、一応の分類体系には触れられてはいますが、全体を見通すためには必要でしょう。巻末に詳細な生物名索引が付けるなどの細かい配慮がなされているだけに、画竜点睛を欠いています。

いずれにしても、腔腸動物全般を展示・説明することは大変なことであり、今回の展示はその先駆的な試みとなるものでしょう。サンゴやクラゲやイソギンチャクなどは、比較的馴染み深いものでしょうが、サンゴやイソギンチャクが含まれる六放サンゴが、ツノサンゴ・ハナギンチャク・スナギンチャク・イソギンチャク・ホネナシサンゴ・イシサンゴの6群に分かれ、八放サンゴがウミトサカ・ウミエラ・アオサンゴなどの群に分かれ、さらにウミトサカ類がウミヅタ・コエダ・ヤギ・ウミトサカなどに分かれるなどということを、具体的な動物のイメージとともに理解できる人がどれだけいるでしょうか。しかもこれらは、顕微鏡で見るようなマイナーな動物ではなく、海底の美しい景観を形作っている重要な動物でもあります。クラゲやイソギンチャクを展示している水族館は、それほど珍しくはないでしょう。しかし、今回のような腔腸動物の多様性に真正面から取り組んだ展示は、初めてではないでしょうか。無脊椎動物の教科書や展示解説書と首っぴきで見る価値があると思います。

また、この展示では、ことさら和歌山県に限定はしていないようですが、随所に和歌山県のことが出てきます。ラムサール条約に登録された串本海域はもちろんのこと、解説書の執筆者の多くが和歌山県在住ですし、古くから腔腸動物が研究されてきた地域だったようです。解説書には述べられていませんが、昭和天皇が1929年に白浜・串本に行幸をされたときにも、大量の腔腸動物を採集したことが記録に残っています。このように、和歌山県の海が非常に豊かな生物を育んでいることは、他の海洋生物についても当てはまります。今回の展示は、そのような和歌山県の海のすばらしさを、腔腸動物を通して示してくれています。

和歌山県立自然博物館は、博物館と水族館が併設されているようなユニークな展示方式になっています。今回の特別展でも、クラゲやイソギンチャクや八放サンゴなどでは、生き物と標本の両方が並べられていました。これらの動物は、死ぬと、縮んで色も抜けてしまうために、生きた状態でぜひとも見てもらいたいものでしょう。一方で、タイプ標本や歴史的に重要な標本を並べることで、標本の意義も強調しています。これは、まさにこの博物館の特長を生かした展示になっています。ところが、観客の動向を見ていると、生き物には足を止めて眺めるようですが、標本にはなかなかじっくりとは見てくれていないようでした。このことは、常設展ではさらに顕著で、私が行ったのはお盆前の繁忙期で、水槽の前には子供たちがあふれていたのに、標本展示コーナーは閑散としていました。生き物の魅力にはなかなか対抗できないところがあるのかも知れませんが、標本にしか語れないこともあるはずです。見る側も、展示する側も、標本から学ぶことをもう少し考えなければいけないと思いました。

和歌山県自然博物館は今年で開館25周年だそうです。そういえば、常設展などは、多少古びた感じも否めません。もしかして、和歌山県のエライ人がこの文章を読んでくれるとしたら、博物館の更なる発展のために、増築やリニューアルのこともぜひ考えてみてください。


腔腸動物”(放射相称で、内外2層の細胞層をもつ)の分類表
有櫛動物門(ゆうしつ):クシクラゲの仲間で、刺胞をもたずに膠胞をもつ。
刺胞動物
 ヒドロ虫綱
 鉢虫綱
 箱虫綱
 花虫綱
  六放サンゴ亜綱
   ツノサンゴ目
   ハナギンチャク目
   スナギンチャク目
   イソギンチャク目
   ホネナシサンゴ目
   イシサンゴ目
  八放サンゴ亜綱
   原始八放サンゴ
   ウミエラ目
   アオサンゴ目
   ウミトサカ目
    ウミヅタ・コエダ・ヤギ・ウミトサカ